この文章は、鹿児島県農村振興技術連盟・鹿児島県農村振興事業連盟発行の機関誌「Hatata 2009農業土木鹿児島」に寄稿したものの全文です。
事務局のご厚意により、本誌発行前(2009年11月10日現在)ですが寄稿した全文を掲載いたします。
「いかにして事業(ビジネス)の成果を高めるか~『TOC-CCPM』というマネジメントの考え方~」
平成21年度 農業農村整備 第一回県内研修会において、本稿タイトルに掲げたテーマにて講演をさせていただきました。
本稿では、その講演の内容に少し補足を加え、今までとは少し違う視点からの事業成果向上策を紹介します。さらに、それを実践するやり方について事例を交えて紹介します。
1,はじめに
「事業」というものは、何らかの達成すべき目的があって行われています。民間の事業(ビジネス)はもちろんのこと、社会資本整備事業にもそれぞれ固有の目的があります。
社会資本整備においては、現代の急激な社会環境変化に対して、これまで以上に効率的で効果的な事業推進が求められています。ここで、「効率的で効果的な」という表現は少し抽象的な表現なので最初に言葉をきちんと定義しておきたいと思います。
本稿の中では「効率的」とは、事業に投下する資金や時間、資源に比して、得られる成果の割合が高いことを示します。「効果的」とは、社会の求め(ニーズ)に合致した成果をあげることを示します。
したがって「効率的で効果的な」とは、「社会(顧客)から必要とされる価値(機能)を、社会(顧客)が必要とするタイミングに間に合うように、投下可能な予算内で行うこと」を示します。
これより、事業の成果を高める上で3つポイントがあることがわかります。
1)社会から必要とされる価値(機能)である
2)社会が必要とするタイミングに間に合う
3)投下可能な予算内である
ここで、1)は品質、2)は納期、3)はコストを示しています。この3つの要求は、お互いにトレードオフの関係(どれか一つを満足するためには、どれか一つを犠牲にしなければならない関係)にあると考えられており、すべてを同時に満たすことは難しいと考えられています。しかし、”本当に”効率的で効果的な状態を実現したいのであれば、この3つの要求を同時に満足することを戦略的な目標として掲げる必要があります。
以上を踏まえ、社会資本整備事業の成果を高めるための考え方をさらに詳しく説明していきます。
2,事業全体を俯瞰するマネジメント
これまでも工事(施工)段階に関しては、「工期内に、所用の仕様・品質を満たし、契約した金額で」行うことが求められてきましたし、それに対して高い成果を収めてきました。
しかし、一つ一つの工事は、事業全体においてはその一部分(最終仕上げ段階)にすぎません。”本当に”効率的で効果的な事業とするためには、事業全体を俯瞰したマネジメントが必要です。
事業全体を見てみると、このようにある目的を持った一つの事業は一つの「プロジェクト」ととらえることができます。プロジェクトの始まりは「社会(顧客)の要求(ニーズ)」であり、その終わりは「社会(顧客)の求める価値(機能)の実現」です。(図1;社会資本整備事業=プロジェクト)
事業が「プロジェクト」であるとの認識によって、少し解決策の糸口が見えてきそうです。なぜなら、プロジェクトをマネジメントするための手法はすでにいろいろと提案されているからです。
ただし、ここで強調しておきたいことは「どんなマネジメント手法を使ったら良いか?」などという技術的な話よりもずっと重要なことは「事業の成果を高めるためには、どこに意識を集中すべきか?」というもっと根源的な話です。本稿ではマネジメントの意識を集中すべき点に焦点を当てて話を進めて行きます。
3,プロジェクトの成功のカギは「時間」
プロジェクトを成功させるには、「重要なポイント」に集中してマネジメントすることが肝要です。その集中すべき「重要なポイント」は「時間」です。
「時間」が十分にないと、「品質」や「仕様」に妥協が生まれたり、納期に間に合わせるために高いコストを支払わなければならなかったりします。また逆に、「品質」や「仕様」が不十分であればやり直しなどで「時間」が浪費されたり、「コスト」を押さえるために信頼性の低い材料や業者を使って、やり直しなどで「時間」が失われたりします。
いったん過ぎ去ってしまった「時間」は決して取り戻すことができません。「時間」はそれ自体がかけがえのないものであると同時に、「品質」や「コスト」にも大きな影響を与えています。
プロジェクトに限らず「時間」が非常に大切なものであることについては、皆さんにも同意いただけるのではないかと思います。
4,プロジェクトに含まれる時間
プロジェクトは一般的に長い期間がかかります。
ダムなどは工事だけでも何年もかかりますが、その基本計画~調査~設計も含めたら何十年という年月がかかります。ダムほどではなくとも、プロジェクトの基本計画~調査~設計~工事を行って、そのプロジェクトの目的を達成するまでにはそれ相当の長い期間がかかります。
その長い期間、ずっと何か作業が行われているのかというと、そうではないことは皆さんもご承知の通りです。
プロジェクト期間には、(1)「実際に作業を行っている時間」のほかに、(2)「何かを待っている時間」と(3)「なんとなく過ぎてしまう時間」が含まれています。
ここで、(1)「実際に作業を行っている時間」とは、図面を作成していたり、現場で実作業が行われていたりする時間です。
(2)「何かを待っている時間」とは、必要な材料や機械、作業をする人などの物理的なものを待っていたり、仕様や調査結果などの情報を待っていたり、誰かの意思決定を待っている時間です。
待ち時間については具体的に例をあげませんが、みなさんもご経験が多いことと思います。
(3)「なんとなく過ぎてしまう時間」とは、何かを待っているわけでもなく、実際に作業を行っているつもりなのだけれど、実はプロジェクトが前進していない時間です。
この具体的な症状としてはいろいろなものがあります。
以下に少し例をあげてみます。
1)やり方を決めずに作業をはじめてみて、あれやこれやと試行錯誤をして時間を使っている
2)完了基準を決めずに作業を続けて、過度に丁寧な仕上げ作業に時間を使っている
3)いくつかの仕事を掛け持ちで同時進行していて、仕事が切り替わる度に頭を切り換えたり、作業準備を整えたりするために時間を使っている
4)作業の締め切りがずっと先なので、締め切り近くになるまで手を付けずに放っておく
5)早く作業を終わらすと手が空いてしまうのでゆっくりやる
6)内容をよく確認していなくて、やらなくて良いことまでやっていた
プロジェクトの長い期間の中には、これら「待ち時間」と「なんとなく過ぎる時間」が含まれています。これらの時間がどれくらい含まれているか想像してみてください。意外と多いことに気づかれるのではないかと思います。
したがって、これらの時間を節約することができるならば、プロジェクトの期間は大幅に圧縮できる可能性があると言えます。そして実際に「待ち時間」と「何となく過ぎる時間」を減らす方法はいろいろあります。洗練されたプロジェクトマネジメント手法などわざわざ学ばなくとも、この2つの時間を減らすことに集中するだけで、成果の向上が望めます。現在のやり方を少し工夫すれば、成果を高めることはできるのです。
5,時間を有効に使う方法
そうは言っても、具体的にどんなことを実践したら良いのかイメージができなくてはせっかくの知識も成果につながりませんので、少しヒントになるようなことを事例とともに紹介しておきます。
時間を有効に使おうとするとき、私たちは特別な意識はしていなくてもたいていは何かを行っています。それは「計画」です。
例えば、旅行や出張に行くとき、できるだけ遠回りしないように、あるいは待ち時間が少ないように計画してから出かけています。今日中にどうしても処理しなければならない仕事をいくつか抱えてしまった時には、やる順番を決めたり、そのための時間を確保したり、やはり計画をしてから実行しています。
時間を有効に使うためには「計画」が重要な役割を果たしています。
「計画」という言葉を聞くと難しいものと感じる方もいるかもしれませんが、役に立つ「計画」とは簡単で実践的なものでなければなりません。
現場の方と話をしていると「計画している間に終わってしまう」「急がなければならないから計画している暇がない」などという発言を聞くことがありますが、これは「計画というものは、難しくて手間と時間がかかるもの」という固定観念があることを示しています。
実はもっと簡単に「計画」しても十分に役に立つのに、「計画とはこうあるべきだ」という思いこみによって、時間をもっと有効に使えるチャンスを逃しているのです。
その思いこみには、発注者が提出を指定している「施工計画書」や「工程表」およびその書類の評価方法が強く影響を与えていることをあえて付け加えておきます。
計画をする目的は、「計画をすることそのもの」でも「計画書をつくること」でも「工程表を作ること」でもありません。計画をするのは、プロジェクトの目的を達成するためです。そして、その成果をより向上させるために時間を有効に使うためです。
6,簡単で実践的な計画
「役に立つ計画」というものは、簡単で実践的である必要があります。計画は目的地へ至るための地図のようなものです。まず全体が俯瞰できて、ゴールへ至る道筋を決定するガイドとなるべきものです。
そのため計画は図解で作成すると効果的です。
まずプロジェクト全体の流れを把握し、それから部分詳細を明確にしていきます。
このとき、各工程あるいは作業について、その内容とやり方、完了基準を明確にすることができれば、「なんとなく過ぎてしまう時間」を減らすことができます。
各工程や作業に必要なモノ(資機材、工具、人員、スキル、情報など)を明確にすることができれば、「待ち時間」を減らすことができます。
ここでは各工程(ひとかたまりの作業群)を一つの箱で表し、箱同士の間に「箱A(矢尻の箱)によって作り出された結果がなければ、箱B(矢先の箱)を始めることができない」という関係があるものを矢印でつないで行きます。(図2-1;依存関係)
この矢印の関係を依存関係と呼びます。
箱同士に依存関係がある場合、前の箱が終わらなければ次の箱は始められません。
そのため、一つの箱を始めるために複数の箱が終わらなければならない場合には、先行する箱のうちの一つでも終わっていないものがあれば、後続の箱は開始を待たなければなりません。(図2-2;統合する依存関係)
いくつかの箱からの矢印が合流するポイントはこのように他工程との関係から「待ち時間」が発生しやすいので、クリティカルな工程に「待ち時間」を発生させないように計画上での配慮が必要です。
6.1 計画の実践事例
写真1はある建設工事における計画の事例です。(写真1;計画実施例1)
この事例では、実際に作業を行う職長や作業者と一緒に、箱の内容や作業手順、必要資材などについての打合せを行っています。
この計画の結果として、現場代理人個人の思いこみによるミスを予防できたこと。また、実際に作業を行う人たちが主体的にスムーズに作業を進めることができたことが報告されています。
フォーマットを決めずに「まず計画をしてみる」ことを練習したため、人それぞれにバラエティに富んだ個性的な「計画」ができあがってきました。(写真2;計画実施例2)
このようなプロセスを繰り返すことで、より良いやり方が発見されていきます。
ただ一つの正しい(ベストな)やり方というものはありませんので、常により良いやり方に改善されていきます。
7,不確実性を考慮した計画と実行管理
プロジェクトは未来のことを扱うため、その本質として高い「不確実性」を持っています。プロジェクトの成果を上げるという観点からは、この「不確実性」の問題は避けて通れません。
不確実なことは起こるか起こらないかわからないから不確実なのであって、事象そのものをあらかじめ管理対象とすることができません。
よくある間違いに「リスク」との混同があります。リスクマネジメントにおける、「リスク」の定義は「その事象が発生した場合の影響度に発生確率をかけたもの」ですので、基本的に「リスク」とは事象そのものを扱っています。不確実性は事象そのものを扱うことはできませんのでリスクとは別物です。
事象そのものは扱うことはできないので、不確実性が影響を及ぼす事象に着目して間接的にマネジメントを行います。着目する事象とは、やはり「時間」です。
不確実性の発生は必ずプロジェクトの時間に影響を及ぼします。
不確実性が顕在化してもプロジェクト全体の納期を守るために、必要十分な保護時間を用意します。
そして、その保護時間の減り具合をモニターし、プロジェクト全体の健全度を判断しながら実行管理を行います。
7.1 計画と実行管理の実践事例
写真3はある建設工事における計画と実行管理の事例です。(写真3;保護時間を考慮した計画実施例)
プロジェクトの納期を不確実性から守るために、適切な保護時間を設置しています。実行管理ではこの保護時間の減り具合を監視しています。この減り具合を時系列でグラフ化することで、プロジェクトがどのように進んできたのかが一目でわかります。(写真4;保護時間のモニター状況)
この保護時間をモニターすることによって、プロジェクト初期段階での遅れがプロジェクト全体にどのような影響を与えるのかがわかり、無理に工程を早めようとコストをかけずに済んだことが報告されています。
また、工事の仕上げ段階で雨天となった際に作業を強行するかどうかの判断に余裕が出て、無理に強行して品質を損なうようなことがなかったことも報告されています。
さらに、関連性のある進行中の複数のプロジェクトを一つのグラフにプロットすることで、全体を俯瞰したマネジメントの意思決定を助ける情報を得ることができます。(図3;複数プロジェクトのモニター)
この結果、危険な現場を助けようという意識が共有でき、プロジェクト間相互での資源のやりくりがスムーズに行ったことが報告されています。
8,まとめに代えて
国土交通省を始め、最近は建設業界においてTOC-CCPM(解説参照)と言う言葉をよく耳にするようになりました。
TOCで建設業を元気にしたいという思いで、建設業者へのTOC導入を続けてきた人間としては、これはこれで喜ばしいことなのですが、一部の技術的な話が先行してしまい、本来の重要なメッセージが伝わっていないように感じることがしばしばあります。
それは、プロジェクトにおいてマネジメントの意識を集中すべきポイントは「時間」だということです。
時間がプロジェクトの成果を左右する「制約」です。
「時間がプロジェクトにとって非常に大事なものだと強く認識し、時間を有効に使うことにマネジメントの意識を集中しなさい」ということがTOC-CCPMからの重要なメッセージです。
このメッセージを頭において、皆さんも今のやり方を少し見直してみてはいかがでしょうか?
今よりも事業(ビジネス)の成果を高めるために。
【参考文献】
『クリティカルチェーン―なぜ、プロジェクトは予定どおりに進まないのか?』 エリアフ・ゴールドラット著 三本木亮訳 ダイヤモンド社
【参考ホームページ】
施工計画どっとこむ http://sekoukeikaku.com/
顧客の価値から始めるプロジェクトマネジメントTOC-CCPM http://www.toc-ccpm.jp/
ドラッカーとTOC(制約条件の理論) http://drucker-toc.com/
ゴールドラットスクール・ジャパン http://www.juntos.co.jp/consulting/goldrattschools/
【解説】TOC-CCPMとは?
TOC(制約理論)に基づくプロジェクト管理手法のことである。
TOCはTheory of Constraintsの略
CCPMはCritical Chain Project Managementの略
TOCという名前の起源となっているConstraints(コンストレインツ、制約)とは、組織の成果レベルを決定づけるコントロールポイントのことである。
TOCとは、制約をより有効に活用することによって組織の成果を上げようとするマネジメントの考え方である。
TOCの定義する制約は、「市場」「時間」「キャパシティ」の3つだけである。
プロジェクトによって成果をあげる企業においては、「市場」と「時間」が制約である。
本稿においては、公的組織を含めての内容としたため「市場」制約に関して詳しく述べていないが、「市場(顧客)からの注文が多ければ企業の業績はあがり、少なければ業績は下がる」ということは改めて述べるまでもないことであろう。
【コラム】仕事を楽しむ
ここでは「時間を有効に使う」という視点から「計画」の大切さを説きましたが、「人を育てる」という視点からも「計画」は非常に重要な役割を果たします。
人は主体的に行動しているとき、楽しいと感じます。
脳が活発に働き、脳が喜ぶからです。
脳が活発に動くので、ますます成果は高まり、さらに楽しくなります。
自ら「計画」し「実行する」
この主体性は仕事を楽しむために欠かせません。
楽しく仕事をし、高い成果を上げ、社会が良くなる。
こんな良い循環を生むためには、そもそも「計画」することが楽しくなければ・・・。
【著者プロフィール】
桂 利治
所属役職等
マネジメントコンサルタント
桂技術士事務所 代表
阿久根建設株式会社 技術顧問
所持資格等
技術士(建設・総合技術監理部門)
労働安全コンサルタント
ゴールドラットスクール認定TOC-CCPMトレーナー
略歴
平成5年、ゼネコン(株式会社フジタ)入社、主に土木工事の現場管理を担当。
平成14年、退社しコンサルティング事業を開業。地場中小建設業者を中心にコンサルティングを実施。現在に至る。
現在は、鹿児島県をはじめ福岡県、熊本県、東京都、長野県、岩手県など全国各地のクライアントを飛び回っている。
連絡先
メールアドレス;toshi@ka2ra.jp
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